3月1日、ボクシングWBC世界バンタム級タイトルマッチが両国国技館で行われ、挑戦者の山中慎介は、前日計量で体重超過のため王座剥奪となったルイス・ネリとの再戦に、2回1分3秒、TKOで敗れました。
試合後、山中は引退を表明し、この試合が結果的に引退試合となりました。
でも、この試合、そもそもが2つの疑惑のベールに覆われた状態で行われました。ネリのドーピング問題と体重超過はわざとではないかという疑惑です。
そんな試合を最後に、偉大なるボクサー山中慎介を終わりにしていいのでしょうか?
〈試合の概況〉
出だしは快調のように見えた山中でしたが、すぐに、身体のキレがない動きが目につきました。繰り出すジャブもスピードはなく、ネリに難なくかわされます。
一方の、ネリは1回に右のジャブで山中をスリップさせると、猛ラッシュに転じます。2回はさらに猛攻にでて、左ストレートでダウンを奪うと、左フック、左右の連打、右カウンターで3回のダウンを奪い、TKO勝ちをもぎ取りました。
山中は前の試合の反省から、今回は腰を低くしてガードを固め、連打を止めるトレーニングを重ねたということでしたが、ネリのパワーがそれを上回った格好です。
〈疑惑のベール① ドーピング疑惑〉
ルイス・ネリは、前回の試合(2017年8月)で山中慎介を破り、WBC世界バンタム級チャンピョンの座を獲得しています。
しかし、試合後に行われたドーピング検査で、ネリから禁止薬物が検出されました。WBCは長期にわたる調査のもと、「問題なし」との裁定を下しました。
ネリから検出された薬物の反応は、牛肉を食べると出ることがあり、他競技の選手からも牛肉の影響で検出されたケースがあるということで、この裁定となりました。
ただ、このWBCの裁定が、「禁止薬物入りの牛肉を食べてしまった」というネリ側の主張を聞き入れた形になっていることはどうも不可思議です。
アメリカのボクシング専門サイトの『ボクシング・シーン』もこう指摘しています。
メキシコで練習を積んでいる選手が禁止された薬物を使用した後で、悪い牛肉を食べてごまかすというようなリスクは出てこないのだろうか。誰かが、この問題を論理的に問うべきだ。
もし、仮に、ドーピングをネリがしていたとすれば、王座剥奪、プロライセンス停止という処分になります。したがって、今回の試合は、他の選手と山中慎介との王座決定戦ということになり、 また別の展開になったことでしょう。
〈疑惑のベール② 体重超過はわざと〉
ボクシングのバンタム級は53.5キロが上限です。
山中は前日計量を53.3キロで一発クリアしましたが、ネリは55.8キロと大幅にオーバー。2時間後に行われた再計量でも54.8キロでクリアできず、この時点で王座剥奪となりました。
タイトルマッチはチャンピョン空位のまま、決行されました。その当日の計量では、ネリは57.5キロ。体重でみれば3階級上のスパーフェザー級です。ネリは、体重的に圧倒的に有利なコンディションで山中との試合に臨んでいたことになります。
そもそも、「試合まで4ヶ月近くあったのに」、「世界チャンピョンが」、「世界タイトルマッチで」、「2.3キロもオーバー」って考えられますか?
調整がうまくいかず数百キロのオーバーというのはよくありますが、2.3キロはありえないです。アマチュアでもありえません。
こうなると、ネリの体重オーバーは確信犯、つまり、わざとではないかと疑うのです。
一昔前までは、減量に失敗した選手は試合でも負けていました。しかし、最近は、今回のように、失敗した選手の方が勝つ傾向にあるとのことです。
体重オーバーの罰で王座剥奪となっても、世界王者を認定する団体が4つに増加したため、半年から1年も待てば、世界王座に挑戦するチャンスがまわってきます。
選手の中には、過酷な減量でコンディションを崩すことを避け、体力温存をはかり、圧倒的に有利な状況で勝ちをもぎ取る者がいるというわけです。要は、「体重を落とさないが勝ち」。
また、計量失敗で試合が中止となっても、「負け」の記録は残らないことにもなります。
実際、山中・ネリ戦を観ていたWBC世界ミドル級王者の村田諒太と世界3階級制覇の元世界王者・長谷川穂積氏はこう指摘します。
山中さんは減量が絶対きつかったと思うし、見ていて耐久力が落ちているのもわかった。その上、相手は1階級以上も上の体重つくってきて、パンチ力も耐久力も圧倒していた。(村田諒太)
体重超過の影響があったのは明白だ。ネリ選手は明らかに前回より力強さがあり、減量苦がなかったと感じた。ウエートをつくらないネリ選手の行為は、ボクシングという競技に対する冒涜だと思っている。
(長谷川穂積氏)
〈まとめ〉
山中慎介はTKOが告げられた際、リングに横たわり、天を見上げるかのようにしていました。何を思ったのでしょうか。
ーー今後について聞かせて下さい。
「もちろん、これが最後です。これで終わりです。」
山中ははっきりと引退を表明しました。これほどの選手が一度口にした言葉を撤回することはないとわかっています。
でも、2011年から2017年までの間に12度の世界タイトル防衛という偉業を成し遂げた山中慎介の引退試合が、大きな2つの疑惑のベールに覆われたものであってはいけないと思うのです。
再び、村田諒太の言葉を引用して、締めとします。
僕も相手が(階級が上の)75キロやったらやりたくない。でも興業をつぶすわけにもいかないし、逃げられない。その中で戦う男と、体重オーバーして勝ってる男とどっちがかっこいいか。ボクサーだからわかる恐怖に負けずに戦った山中さんはかっこいい。
以上、『2つの疑惑のベールに覆われた山中慎介の引退試合』でした。
その後、WBCは、ネリを無期限資格停止の処分にしたこと、およびファイトマネーの70%分の支払を凍結することを発表しました。