本屋に行くと、いわゆる「受験もの」の本のコーナーが必ずあります。関係者に聞くと、1年を通じて安定した売上があるそうです。
受験本コーナーには『○○大学合格体験記』などの定番と並んで、あの『ビリギャル』も。
一時は大きな話題となった『ビリギャル』は、今も受験生の希望の星なのでしょうか。「これを読むとヤル気が湧いてくる」程度なら良いのですが、『ビリギャル』的受験には大きな問題があるのですが・・・。
『ビリギャル』とは?
今さら、『ビリギャル』か、と言わないで下さい。本屋には今、結構並んでいます。安定した売上を誇っており、特に、保護者が買い求めているようです。我が子がこの本を読んで「よし、私も頑張ろう」となることを期待してのことかもしれません。
『ビリギャル』とは、『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶応大学に現役合格した話』という本の名の略称です。
私立の中高一貫校に通っていた女子高生が主人公。高2の時、「聖徳太子」を「せいとくたこ」と読むなど、学力は小学4年生レベル。そんな彼女が一念発起し、猛勉強を重ね、現役で慶応大学総合政策学部に合格するというサクセスストーリーです。
本は100万部を超える大ベストセラーとなりました。また、映画(有村架純主演)にもなり、日本、中国、台湾、香港でも上映されました。
新自由主義の教育産業の物語
『ビリギャル』を読んで、成績が振るわない子やその親が、「彼女みたいに頑張れば慶応に入れるかも」と希望を持ったと言われています。スポ根アニメの受験版だとの言われ方もしました。
もちろん、それでヤル気が出るのなら結構なことです。文句をつける筋合いはありません。
しかし、です。これは、万人にあてはまる話ではなく、恵まれたごく一部の人にのみあてはまる話なのです。
その点を、作家の佐藤優氏は、「ビリギャルは、実は新自由主義の教育産業の物語」だと述べ、その特徴をこう指摘しています。
私立の中間一貫校に通い、さらに塾代をしっかり払える・・・、年間約100万円の学費とさらに100万円の塾代を出せる家庭。
そして、お母さんが学校に対して非常に強く抗弁して、娘のさやかちゃんの処分を退け、塾で出される宿題をやると学校しか寝る場所がないからと、学校で寝ていても単位がもらえる環境を保全できた。さらに、そんなことが可能な私立高校に通っていた。ということは、こうなんです。
1、金があること、
2、お母さんがモンスターペアレントであること、
3、私立だったこと、
この3点がないとビリギャルは成功しない。だから、これは新自由主義の受験の物語なのです。
(『不安な未来を生き抜く最強の子育て』より引用)
家庭の経済力があったればこそ、もっと言えば、家庭が「勝ち組」に属していたからこそなしえたものであり、皆がマネを出来る話ではないと佐藤氏は指摘しているわけです。
引用した本はこちら↓↓
不安な未来を生き抜く最強の子育て 2020年からの大学入試改革に打ち勝つ「学び」の極意
- 作者: 佐藤優,井戸まさえ
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2018/01/26
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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『ビリギャル』の受験科目
『ビリギャル』の志望校は慶応大学の総合政策学部と文学部でした。
総合政策学部の受験科目は英語と小論文。文学部は英語・社会・小論文。文学部の社会の配点は低いため、ある程度捨てて、英語に特化した受験勉強を行います。
彼女の高校は愛知淑徳学園。偏差値は60を超え、愛知県では頭のいいお嬢様の行く学校として知られています。そこの中学入試を突破しているのですから、決して勉強のできない子ではなかったといえます。また、中学入試を突破しているのですから、小さいうちから机に向かって勉強する習慣はあったという点は大きいです。
その彼女が1年間、ほぼ英語だけを勉強するのですから、偏差値40アップも不可能な話ではありません。
問題だと思うのは、英語以外はまったく勉強していないことです。これでは、慶応に受かったはいいが、入ってからがものすごく大変になるのは目に見えています。
日本は「入学歴」社会
「何だかんだ言っても、慶応に入れればいいじゃないか」との声が聞えてきそうです。この声こそが、日本は「学歴社会」ではなくて「入学歴」社会であることを示しています。
「ホリエモン」こと堀江貴文氏は、東大中退です。堀江氏は元々、日本の大学には全く期待していませんでしたが、入試は受けて東大に合格はした。なぜ、受験したのかといえば、「東大に合格することができる頭脳の持ち主だと証明できるから」という旨のことを述べています。
さらに堀江氏は、ビジネスをやる上で「東大卒業」と「東大中退」との差はまったく感じなかったとも言います。
とにかく合格すればいい、入れればいい、という「入学歴」のみが評価される社会になってしまっているのが現状です。佐藤優氏はこの点も指摘しています。
バランスの取れた学力がない状態で一流大学に入っても、最終的に講義の内容が理解できないようでは進学した意味がない。大学できちんとした高等教育を習得できるか否かで、その後の人生が決まるのだから。
(『不安な未来を生き抜く最強の子育て』より引用)
『ビリギャル』的受験での大学入学後
関東あたりの中高一貫校では、中2か中3に進級する際、数学が不得意と学校側が判断した生徒には、「私立文系」大学を目指すよう指導があるといいます。
その指導を受け入れた生徒は、その後は、私立文系の一般的な受験科目である英語・国語・社会(ほとんどが日本史か世界史を選択)の3教科しか勉強しなくてよいことになるようです。
ですから、こういう子はうまく早慶に入学しても、数学は中学1年生レベル、あるいはそれ以下で止まっているわけです。「分数ができない大学生」がよく問題になりますが、このあたりに原因があるのでしょう。
かく申す私も、私立文系の大学を目指すことを高3で決めてから、英語・国語・日本史しかやっていません。世界史の知識に欠けているので、国際政治学や政治哲学の講義はとても苦労しました。また、経済学も数式が出てきた段階でお手上げ状態、七転八倒していました。(笑)
『ビリギャル』のモデルとなった小林さやか氏も自身がこう述べています。
大学生活については、受験で学びの面白さに目覚め、大学でも一生懸命勉強したという、できすぎの物語にはならなかった。
単位はぎりぎりで、留年せずに何とか4年で卒業した感じ。ゼミにも入らず卒論もなく、後に恩師と呼べる先生に出会ったわけでもない。専攻を決め、深くその道を追究したこともない。
おわりに
「入学歴」社会の弊害は、誰の目にも明らかです。
学歴社会には功罪の両方の面があります。ただ、学歴を問う時、「どこの学校か」と共に、「そこで何を勉強したか」もあわせて問われるべきです。
『ビリギャル』を目標に、英語だけ勉強して慶応大学に入りたいという人に何かをモノ申すわけではありません。
ただ、バランスの取れた学力がない状態で一流大学に入学しても、最終的に講義の内容が理解できないようでは進学した意味がないということです。大学できちんとした高等教育をマスターできたか否かが、大きな意味を持つわけですから。
偏差値の高い難関大学に入学することが幸せにつながるという考え方に、『ビリギャル』的受験の大きな問題があるように思えてなりません。
ちなみに、大学の授業で、中学・高校の補習をしなければならないのは日本だけだと指摘しておきます。
以上、『『ビリギャル』的受験の大きな問題点』でした。