アメリカンフットボールの試合で、日本大学の選手が関西学院大の選手を危険なタックルで負傷させた問題。
反則行為をした日大の選手の記者会見が行われました。
20歳とはいえまだ学生である選手が、顔と実名を出して謝罪会見を行いましたが、堂々とした態度・言動には感心させられました。
しかし、会見を行った場所が気にかかります。日大の施設やホテルなどではなく、「日本記者クラブ」だったのは、なぜなのでしょうか。
日大アメフト選手の記者会見
日大の選手が関学大の選手に、素人目でもわから危険なタックルを仕掛けている映像は、何度もみても怒りがこみ上げてきました。これはスポーツではなく、単なるケンカではないか、と。
この問題は社会問題化したものの、日大側の説明が不十分なため、いろいろな憶測が飛んでいました。
その中で、タックルをした日大の選手が、顔と実名を出して、記者会見を行いました。
20歳とはいえまだ学生が400人近い報道陣を前に、あんなに堂々と誤解される余地のない会見を行ったことに感心させられました。
もちろん、彼の行った行為は決して許されるものではありません。ただ、あの会見は20歳の彼ができる精一杯の反省と謝罪であったし、誠意であったと感じます。
そして、今回の問題が明るみに出てからの日大側、監督・コーチから発せられるどうしようもない発言を聞かされてきたなかで、唯一の救いでもありました。
ところで、今回の記者会見の場所ですが、日大の施設やホテルなどでなく、「日本記者クラブ」だったのはなぜなのか、不思議でなりません。
「日本記者クラブ」とは?
日大の選手が会見をした「日本記者クラブ」、聞き慣れない方もおられるでしょう。同クラブのホームページではこう説明されています。
日本記者クラブは1969年11月、日本新聞協会、日本放送協会、日本民間放送連盟の会長3人が設立発起人となり、全国の新聞、通信、放送各社に呼びかけて創設されました。
来日する外国の大統領や首相、閣僚の記者会見を日本の報道界が自分たちの手で開きたい、と考えたのがクラブ創設の大きな理由でした。それまでは、日本にはプレスが共有する報道・取材の拠点はなく、外国の賓客は日本外国人特派員協会(FCCJ)で記者会見に応じていました。
日本記者クラブは、日本で唯一の「ナショナル・プレスクラブ」です。会費により運営され、政府などからの公的な財政援助は一切受け取っていません。非営利の独立組織であり、2011年4月には公益社団法人の認定を受けました。
つまり、日本に来た外国の大統領や首相、大臣といったVIPに対して、報道各社が共同で会見を開くことを目的とした組織というわけです。他にも、総選挙前に各党党首討論が行われたり、オリンピックのメダリストへのインタビューが行われたりします。
今回の危険タックルの問題は、社会問題化したことは確かですが、「日本記者クラブ」で会見というのは少し違和感があります。
「日本記者クラブ」で会見したのは、なぜ?
謝罪会見というのは、その人が属する組織の施設かホテルで行われることが普通です。企業の謝罪会見でしたらその企業の会議室的な所で行われますし、TOKIOの謝罪会見はホテルで行われていました。
今回のケースでは、日大の施設で行われるのが普通です。彼は日大の現役の学生なのですから。でも、行われませんでした。
日大側が施設の使用を認めなかったのか、選手が使いたくなかったのか、あるいは、その両方の理由か、それは定かではありません。
ホテルの使用も考えたのかもしれませんが、400人規模だと宴会場ということになり、費用的に高くついてしまいます。「学生がホテルで記者会見?」という世間の声を気にしたかもしれません。
会見する前の段階では、あたかも本人が勝手にタックルしていったというような、指示を誤解したとの報道が一部でなされていたため、自分が人前に出て真相を語らないと負傷した選手やその家族、関学大に申し訳ないという思いがこみあげてきたのだと推測します。
おそらく、真相を公にしたいと願いつつもその術を知らない彼に対し、取材していたマスコミ関係者がその真意をくみ取り、「日本記者クラブ」という第三者機関で会見できるように手配をしたのでしょう。
彼が、自らの母校ではなく、まったく縁のなかった「日本記者クラブ」で会見せざるをえない状況に追い込んだのは、間違いなく日大です。
そもそも、もっと早い時点で日大側が誠実な対応をしていれば、彼は記者会見などしなくて済んだでしょう。