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卒業式で「蛍の光」を歌う理由と歌わない理由

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卒業式のシーズンですね。

卒業式といえば「蛍の光」

何だか胸にじーんときて、思わずうるっとなります。

でも、あえて歌わない学校も増えているとか。

そこで、「蛍の光」を歌う理由と歌わない理由をそれぞれまとめてみました。

 

 

〈「蛍の光」とは?〉

「蛍の光」とは、英名で「Auld Lang Syne」(オールド・ラング・サイン)。スコットランドに伝わるメロディーを元に、スコットランドの詩人ロバート・バーンズが作詞したスコットランド民謡です。

 

アメリカやイギリス、スコットランドなどの英語圏では、大晦日のカウントダウンで年が明けた瞬間に歌われる新年ソングとなっています。

 

日本でも、『NHK紅白歌合戦』のフィナーレに歌われますし、「東京ディズニーリゾート」のカウントダウンパーティーでも流されます。

 

デパートなどの商業施設では、閉店を告げるBGMとして流されます。これは、何だか「早く帰れ」と言われてるみたいでイヤですね。

 

あとは、そうそう、阪神タイガースの応援団が、相手ピッチャーがKOされて交代する際にも歌います。(これは余計でした)

 

〈卒業式で「蛍の光」が歌われる理由〉

1879年、日本で小学校唱歌集を編纂するとき、今様形式の歌詞が採用され、「蛍の光」となりました。

 

1881年、尋常小学校の唱歌として小学歌集初級に掲載され、全国の小学校に広がりました。

 

また、旧帝国海軍では「告別行進曲」や「ロングサイン」という名で、海軍兵学校や海軍関係の学校の卒業式で使用されました。士官クラスや戦功のある下士官が艦艇や航空隊から離任する際にも使用されました。

 

おそらく、海軍を除隊した人が故郷に戻り、卒業式での使用を提唱したのでしょう。明治期は元軍人は地方の名士となりましたので、卒業した学校への発言力は大でした。

こうした経緯から、「別れを惜しむ曲」のイメージが国民の間で定着し、地方から徐々に卒業式の「定番」になっていったようです。

 

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〈卒業式で「蛍の光」が歌われない理由〉

年々、卒業式で歌う学校は減ってきているようです。

 

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歌われない理由の1つに、歌詞の内容にあるようです。

 

1番は誰でも口ずさめますが、2番以降も示してみます。

 

  蛍の光
1 ほたるのひかり、まどのゆき、
ふみよむつきひ、かさねつゝ、
いつしかとしも、すぎのとを、
あけてぞけさは、わかれゆく。
蛍の光、窓の雪、
書読む月日、重ねつゝ、
何時しか年も、すぎの戸を、
開けてぞ今朝は、別れ行く。
2 とまるもゆくも、かぎりとて、
かたみにおもふ、ちよろづの、
こゝろのはしを、ひとことに、
さきくとばかり、うたふなり。
止まるも行くも、限りとて、
互に思ふ、千万の、
心の端を、一言に、
幸くと許り、歌ふなり。
3 つくしのきはみ、みちのおく、
うみやまとほく、へだつとも、
そのまごころは、へだてなく、
ひとつにつくせ、くにのため。
筑紫の極み、陸の奥、
海山遠く、隔つとも、
その真心は、隔て無く、
一つに尽くせ、国の為。
4 ちしまのおくも、おきなはも、
やしまのうちの、まもりなり。
いたらんくにに、いさをしく、
つとめよわがせ、つゝがなく。
千島の奥も、沖繩も、
八洲の内の、護りなり、
至らん国に、勲しく、
努めよ我が兄、恙無く。

 

 特に問題視されるのは、3番と4番です。現代文に直してみます。

 

3番

九州の果てだろうと東北の奥だろうと

海や山が遠く隔てたとしても

真心だけは場所に関係なく

ひたすらに尽くせお国のために

 

4番

千島列島の奥も沖縄も

日本の領土である

日本の支配が届かない国には勇敢に

男たちよ、つつがなく勤勉に努めなさい

 

 確かに愛国心を求める軍歌的中身となっています。さらに、4番の「千島の奥も、沖縄も」の部分は、明治以降の歴史を如実に反映した歌詞へと度々、変更されていました。

 

  • 千島の奥も沖縄も (明治初期)
  • 千島の奥も台湾も (日清戦争後の台湾割譲)
  • 台湾の果ても樺太も (日露戦争後の南樺太割譲)

 

3番と4番が実際に歌われることはありませんが、今日とは違う意味の愛国心を育てる目的を持った歌詞と判断されているものと推察されます。

 

現在の3番の「千島の奥も」についても、戦後の日本政府は千島列島はロシア領だと認めているわけで、間違った認識を与えかねないのも確かです。

 

別の理由としては、優れた作詞家や作曲家によって、児童・生徒がより感情移入しやすい、ドラマチックな曲が誕生していること、などがあげられています。

 

〈まとめ〉

確かに、3番4番の歌詞に問題はないとはいえません。ただ、ややこしい議論は避けて、無難に穏便にという風潮が教育現場で大勢となり、すべてが「子どもが好むから」ということが優先され過ぎているのではないかと思います。

 

卒業式はすべての国民が経験するものです。どんな歌がふさわしいのか。もっと真剣な議論が必要です。