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希望の党公認候補『我が敗戦記』(3)「政策協定書」にサインする

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これは、2017年10月に施行された衆議院議員選挙に希望の党公認候補として立候補し、落選した者の手記である。手記の執筆者は、民進党公認候補予定者として活動していた

◆希望の党公認決定

9月30日には、希望の党と日本維新の会による候補者のすみ分けが発表された。

 

東京都の小選挙区には日本維新の会は候補者擁立を見送り、大阪府では希望の党が見送るというものだ。同じ近畿ブロックの候補者として、大阪府内の候補者には親しい者も多く、彼らが行き場を失ってしまうことは本当に心苦しい。

 

 「自民VS維新」の構図が定着している大阪において、民進党公認を名乗ることがいかに大変なことか。彼らの孤軍奮闘ぶりを知っているだけに、なぜこういうことになるのかさっぱりわからなかった。

 

親しい候補者からの電話では、「本当に悔しいです。でも、無所属でも出馬して、石にかじりついてでも自民と維新に一矢報います」と語っていた。

 

「共に頑張ろう」と返すのが精一杯だった。

 

 私はといえば、希望の党への合流という民進党の党議決定に従うとは決めたものの、何ら具体的な事は聞かされず、本当に希望の党で出馬できるのかは定かではなかった。

 

民進党本部事務局からは、希望の党の公認を受けるにあたり、政策協定を小池代表と結ぶことになっていると連絡があったものの、その時期や内容も未定だということだった。

 

 「排除」発言が小池代表の真意だとすれば、政策協定の中身も先鋭的なものになるのかもしれない。マスコミの報道の通り、安保法制の全面的な容認や憲法9条の改正が記されているならば、私のこれまでの言動とは相容れない。

 

いくら党議決定とはいえ、従来の主張を180度転換することはありえない。もし、そういう内容ならば、協定にサインすることなく、無所属での出馬か、あるいは出馬を取り止めることにしようと密かに腹を決める。

 

 10月1日の夜、前原代表から電話がかかり、私の希望の党公認が決まったことが告げられる。

 

 また、私の公認を決めるのには結構手間取ったとのことで、他に希望の党プロパーの候補がいたことが窺い知れた。恐らく、前原代表や候補者調整にあった玄葉光一郎氏が粘り強く交渉してくれたのだと推測された。

 

 前原代表からの電話の直後に民進党本部から電話があり、翌朝に民進党へ離党届を提出するよう指示される。

 

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◆「政策協定書」と「民進党離党届」 

 翌10月2日朝、事務所に民進党離党届が届く。腕組みをしながら、なかなか署名できずにいるところへ、民進党本部からの電話で「離党届の提出はしばらく延期してほしい」とのこと。一体、何がどうなっているのかわからないが、もう驚きもすることなく淡々とやり過ごした。

 

同日、枝野幸男氏が立憲民主党を設立した。

 

新党結成の記者発表というものは、結党メンバーがずらりと並んで行うのが常だが、枝野氏一人が行っていた。

 

その映像をテレビで見て「枝野さんに何で一人ぼっちで会見をさせるのだろう」と胸が張り裂けそうな気持ちとなった。

 

 同日夜、民進党本部から電話。翌朝に民進党離党届と政策協定書に署名して提出するよう指示される。もう延期されることはないという。政策協定の中身について尋ねたが、「知らされていない」とのことであった。

 

 一瞬、「無所属での出馬」と「出馬取り止め」の2つの言葉が頭をよぎる。この夜は一睡もできずに、翌朝の駅立ちへと向かうことになった。

 

 10月3日、駅立ちを終えて事務所に行く。

 

「希望の党第48回総選挙 公認手続きについて」と題する文書とともに「離党届」と「政策協定書」が、ご丁寧にもファックスとメールの両方で送付されていた。

 

 無意識のうちに深呼吸して、「政策協定書」を一読する。

 

「えっ、『霞ヶ関文学』の極致やな」

 

読み終えて思わず声をあげる。とても丸い文章になっている。政治家や官僚が、落とし所を慎重に探った結果の典型的な文章表現でもある。

 

全体として整然としているとはいえないし生煮え感があるが、小池カラーを前面に打ち出しつつ、民進党の従来の主張とも矛盾が起きないようにした苦心作ともいえた。

 

 問題意識を共有していた候補予定者の数人と電話で話し合う。

「まあ、特に問題はないよね」

「妥当な内容。これなら枝野さんもサインできるんじゃないの」

「これでいこうか」

私の選挙対策本部の中心メンバーである県会議員に見せると、

「これなら私でも何のためらいもなく署名できます。」

 

             政策協定書

  1. 希望の党の綱領を支持し、「寛容な改革保守政党」を目指すこと。
  2. 現下の厳しい国際情勢に鑑み、現行の安全保障法制については、憲法に則り適切に運用する。その上で不断の見直しを行い、現実的な安全保障政策を支持する。
  3. 税金の有効活用(ワイズ・スペンディング)を徹底し、国民が納める税の恩恵が全ての国民に行き渡る仕組みを強化すること。
  4. 憲法改正を支持し、憲法改正論議を幅広く進めること。
  5. 国民に負担を求める前に国会議員が身を切る改革を断行する必要があること及びいわゆる景気弾力条項の趣旨を踏まえて、2019年10月の消費税10%への引上げを凍結すること。
  6. 外国人に対する地方参政権の付与に反対すること。
  7. 政党支部において企業団体献金を受け取らないこと。
  8. 希望の党の公約を遵守すること。
  9. 希望の党の公認候補となるに当たり、党に資金提供すること。
  10. 選挙期間が終了するまで、希望の党が選挙協力の協定を交わしている政党への批判は一切行わないこと。

 

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◆「政策協定書」の解釈

 ポイントは安保法制と憲法。

 安保法制については、『現下の厳しい国際情勢に鑑み、現行の安全保障法制については、憲法に則り適切に運用する。その上で不断の見直しを行い、現実的な安全保障政策を支持する』とある。

 

 安保法制は10本の法律から構成されている。その中の8本は賛成できる内容だが、残る2本は違憲の集団的自衛権の行使に関わる内容であるため反対。

 

この10本の法案が安保法制と称して一括して採決に持ち込まれたため、違憲の法案2本が含まれている以上、全体として反対となったのが当時の民進党の立場だった。

 

 政策協定書では『憲法に則り適切に運用』と書かれている。『憲法に則り』とある以上、既に施行されている安保法制のうち、違憲の法律は運用されない。

 

さらに、『不断の見直しを行い』ともあるので、違憲の法律を廃止することも十分に可能だと解釈できた。

 

これだと従来からの主張・言動と矛盾することはないと言い切ることができた。

 

憲法については、『憲法改正を支持し、憲法改正論議を幅広く進めること』とある。

 

民主党・民進党は結党以来、憲法の文言を一字一句変えてはならないとの立場はとっていない。実際、党内に憲法調査会が設置され、「憲法提案」をまとめたりしている。

 

「9条に自衛隊を明記する憲法改正を支持する」とあるならば論外だが、改憲の中身を特定しないで幅広く議論するということだと解釈し、これも従来の立場と変わるものではない。

 

 政策協定書にはサインできたが、辛かったのは同時に提出を求められた離党届への署名であった。

 

『私はこの度、民進党を離党いたします。』とだけ書かれた文書だが、民主党・民進党の党員・議員として20年近く活動してきた様々な出来事が走馬燈のように浮かんできて、スムーズにペンが動くことはなかった。

 

◆(4)に続く